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モンスター化する総理大臣    [社会問題]

 
 
【前編】
 日本国憲法の第99条は、戦争の問題を扱う第9条に比べると地味な存在で、憲法論議で光が当てられることは少ない。「天皇または摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」という文面を読むと、政治家や公務員に対する「心構え」「努力義務」を述べただけのようにも見える。

 しかし、実はこの条文こそ、日本国憲法が近代の「立憲主義」に基づく憲法であることを明示する、きわめて重要な鍵となるパーツである。
 立憲主義とは、端的に言えば、権力者の行動に「憲法」という制約を課すことで、特定の指導者が専制君主のように振る舞うことを防ぐ、政治的な工夫を意味する。憲法の条文に従い、これを遵守する義務を負うのは、まず最初に「権力を持つ側」であり、憲法に記された「諸々の自由」に関する条文は「権力を持つ側は、弱い立場の国民が持つこれらを侵してはなりません」という、権力者への警告である。

 こうした原則は、憲法の条文を変更する際にももちろん適用される。憲法変更に必要な国会発議は、あくまで「それを望む国民と望まない国民の両方の代理人」として、国会議員が行うものである。本来「憲法を尊重擁護せねばならない側」の首相や大臣が、主体的に「憲法の条文に不満があるから変えたい」と変更に向けて動くことは、第99条を踏みにじる憲法違反であるのと同時に、立憲主義の理念への無理解や挑戦を示すものでもある。

 安倍晋三首相は、二〇一七年五月三日に行われた憲法変更を求める民間の政治集会に「憲法を改正して二〇二〇年に施行することを目指す」とのビデオメッセージを寄せた。五月九日には、鶴保庸介沖縄北方相も閣議後の記者会見で「間尺に合わない憲法は改憲すべきだ」という、憲法の内容変更を主体的に求める発言を行った。

 こうした首相や大臣の行動は、国民の立憲主義に対する無理解に乗じた形で行われており、あたかも「権力を持つ側の自分たちにも、憲法を変えたいと主張する権利がある」かのように錯覚させるムードを、メディアの報道を通じて既成事実として創り出している。
 だが、憲法とは、条文だけで機能するものではない。立憲主義という運用の「OS」を欠いた憲法「アプリ」は、国民の権利や自由を守れない。その理由は、北朝鮮の憲法を見ればわかりやすい。
 北朝鮮の憲法にも、言論の自由や報道の自由、デモの自由などを謳った条文があるが、立憲主義の原理原則が守られない国家体制なので、絵に描いた餅でしかない。立憲主義の原理原則が守られない国の憲法は、逆に権力者の「やりたい放題」を助長する道具として機能する。

 安倍首相は、二〇一四年二月三日の衆院予算委員会で「憲法が権力を縛るという考え方は古い。今の憲法は、日本という国の形、理想と未来を語るものだ」と述べた。この答弁は、立憲主義という重要な問題についての首相の認識不足を示したのと同時に、彼が憲法を「施政方針演説」や「国威発揚の道具」であるかのように理解している事実をも物語っている。

 現職首相が、憲法第99条と立憲主義の根本理念を堂々と無視するという事態の危険性を、今の日本の報道各社は正しく国民に伝える責任を果たしているか。



【後編】
 安倍晋三首相と閣僚による、日本国憲法第99条(国務大臣や国会議員らの憲法尊重擁護義務)違反という問題は、「教育勅語」をめぐる安倍政権の動きにも見られる。

 敗戦から三年後の一九四八年六月十九日、衆議院の「教育勅語等排除に関する決議」と参議院の「教育勅語等の失効確認に関する決議」がそれぞれ議決され、教育勅語の教育的な指導性が事実上否定された。天皇が臣民(主君に従うしもべとしての国民)に下賜する形式の「勅語」は、象徴天皇制と主権在民を明記した日本国憲法にも合致しないもので、文化的・歴史的資料として読む分には問題はないが、学校教育の現場で「子どもが従う対象」として使うことは、憲法にも国会決議にも反する「二重のルール違反」となる。

 ところが、松野博一文科相は二〇一七年三月十四日、いくつかの条件を満たせば「教材として用いても問題ない」との見解を示し、三月三十一日には安倍内閣も「憲法に違反する形でなければ」教育勅語を教材として用いることを否定しないとの閣議決定を行った。
 教育勅語は、天皇の言葉という形式(実際にまとめたのは明治政府の高官)で記された道徳的な教えのすべてが、最終的に「天皇を中心とする国家体制への献身奉仕」に収斂される内容で、これをそのまま「憲法に違反しない形で教材として使用する」ためには、憲法の内容を変えて、象徴天皇制と主権在民を廃止しなくてはならなくなる。

 また、前記した衆参両院の決議は、一内閣の主観的な解釈に過ぎない閣議決定で無効化できるものではなく、その内容を完全に失効させるには、衆議院と参議院での「再議決」が必要となる。

 安倍政権と親密な日本会議の小堀桂一郎副会長は、雑誌『正論』二〇〇三年十一月号に寄稿した記事で、望ましいと思う「教育再建」の指針として、戦後の教育基本法廃止と、衆参両院での教育勅語排除・失効決議の取消宣言、教育勅語の復活を挙げていた。
 最初の目標は、第一次安倍政権が二〇〇六年十二月に行った教育基本法改正(愛国心教育の導入など)で実質的に達成され、次の目標である「教育勅語の教育現場への復活」も実現しつつある。

 二〇〇〇年代に入り、日本では「モンスターペアレント」「モンスタークレーマー」などの言葉が使われ始めた。立場上の優位にあぐらをかいた親や消費者が、教師や学校、店舗や企業などに対して、既存のルールや社会的慣例を無視した、自己中心的で横暴な要求を出し続ける現象を表現した和製英語である。
 国会の議席数における優位と、ジャーナリズムによる権力監視のゆるみに乗じて、憲法や立憲主義の理念を堂々と無視する態度をとる総理大臣や閣僚の言動は、過去の歴代内閣とは異質なものであり、既に「モンスター化」していると言えるかもしれない。

 このモンスターを育てているのは誰なのか。餌を与えているのは誰なのか。取り返しのつかない事態に陥ってから、自分たちは大変なモンスターを創り出してしまった、と後悔しないためには、改めて「憲法」とは何なのか、「立憲主義」とは何なのかを、国民が生活レベルの実感として理解し、権力者からそれを守るという強い覚悟を持つ必要があるように思う。


(初出・『神奈川新聞』2017年5月21日、22日)

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より大胆で痛快なウソが勝者となる時代    [社会問題]

 
 
 2017年1月20日、ドナルド・トランプ新米国大統領の就任式がワシントンDCで行われ、世界は以前にも増して、先の読めない時代へと突入した。
 自分の利益になると思えば、いいかげんなウソや憶測でも堂々と放言してしまう。漫画から抜け出したような強烈なキャラクターと行動原理を、大統領就任後もいっこうに改めないトランプ大統領は、公的な場所での立ち居振る舞いに注意を払い、落ち着いた知性や見識に価値を認めていた歴代のホワイトハウスの主とはまったく異質な存在といえる。
 ただし、多くの日本人は、彼の粗暴な言動を見ても、さほど驚きはしなかったはずだ。日本ではもう十年以上も前から、同じようなタイプの地方首長や国会議員がメディアでもてはやされてきた。差別的な暴言を吐いても「誰々節炸裂」と娯楽的におもしろおかしく処理され、大衆レベルでも「誰も言わない本音をよくぞ言った」と人気を博した。
 そんな日本のメディアとは対照的に、今のところアメリカのメディアはトランプ大統領の暴言やウソに迎合せず、あくまで歴代大統領に求めてきたのと同様の知性や見識のレベルで大統領を評価し、事実と異なるウソは徹底的に追及する姿勢を見せている。そして、自分の持つ社会的な影響力を自覚しているセレブ(俳優などの著名人)も、民主主義の社会を構成する市民の視点から、トランプ大統領の「暴走」に警鐘を鳴らしている。

 大統領就任式から12日前の1月8日、女優のメリル・ストリープは、ゴールデングローブ賞の授賞式でスピーチを行ったが、そこで語られた内容に対するトランプの反応は、今のアメリカ社会が直面する深刻な「コミュニケーション上の断絶」を浮き彫りにした。
 彼女はこのスピーチで、トランプの名を敢えて伏せ、特定の公的地位にある人物の振る舞いと、それが社会に及ぼす悪影響に光を当て、次のように問題点を指摘した。
「誰かに屈辱的なことをする。公の場で権力を持っている人がそのような行為をした時、他の全ての人たちの人生にも影響を及ぼします。他の人たちも、そういうことをしてもいいのだと、お墨付きを与えることになるからです」
 一読してわかるように、ストリープは「トランプ個人」を攻撃したわけではなく、権力者が公的な場所でとるべきでない行動や態度を、一般論として問題視している。ある対象への批判を行う上で、きわめて論理的でまっとうなやり方だ。ところが、これを知ったトランプは翌9日にツイッターで反論し、ストリープを「ハリウッドで最も過大評価されている女優」と侮辱した。彼は、相手が提示した論点をまったく理解せず、ただ相手が自分を攻撃していると理解し、主観的な悪口の言い返しでこれに対応した。
 過去の歴代大統領なら、おそらく「彼女は偉大な女優だが、今回の指摘に関しては…」と、一応相手に敬意を表しつつ、論理で批判に対応していただろうが、トランプはそんな手法にはなんの価値も認めない。これが、アメリカの新しい大統領の流儀だ。

 おもしろいのは、2015年8月に映画雑誌のインタビューに答えたトランプは、好きな女優としてジュリア・ロバーツとメリル・ストリープの2人を挙げ、ストリープは「素晴らしい女優で、人間としても立派だよ」とベタ褒めしていたことだ。最大限に実力を認めていた女優でも、自分に刃向かうとなったら一転して「最も過大評価されている女優」と罵倒する。この事例は、この手の人物の思考や行動の原理を知る上でヒントになる。
 彼らは、人間を「敵か味方か」でしか判別しない。自分に従わずに刃向かう人間は、敵として排撃の対象となる。そして、この「敵と味方の二分法」に支配された思考は、ウソの流布という手段と、とても相性がいい。敵との戦いに勝つことが至上命題とされ、相手にダメージを与えられるなら、ウソを使ったダーティな攻撃も躊躇せずに繰り出す。
 いわゆる「ポスト・トゥルース(真実の後)」時代の恐ろしさは、ウソに対する慣れが社会の倫理観を少しずつ壊し、論理的な権力批判を無力化してしまうことにある。膨大な量のウソは、事実を変える力は持たないが、特定の事実を人々の目から隠す力を持つ。判断材料となる事実とウソが混濁すれば、論理的な批判の説得力も弱くなり、人々は事実とウソの峻別に疲れ果てて、より大胆で痛快なウソを駆使する人間を受け入れてしまう。
 こうした現象は、日本などアメリカ以外の国でも見られ、問題の根源はトランプ個人の資質ではない。トランプ大統領の誕生は、今の時代を象徴しているとも言える。
 言論の自由が保障されたはずの国で、事実に基づく論理的な批判が、政治権力者の暴走を抑制するブレーキとして、ほとんど機能しない。そんなおそろしい時代へと、世界は突入しつつあるのかもしれない。


(初出・『GQ』コンデナスト・ジャパン、2017年4月号掲載)

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天皇機関説事件と立憲主義への認識不足について    [社会問題]

 
 
今こそ読み直すべき昭和の分岐点:天皇機関説事件

 1935年(昭和10年)の日本で起きた「天皇機関説事件」は、それから82年後の今を生きる我々にも、さまざまなことを教えている。だが、多くの日本人は教科書の年表で「昭和10年 天皇機関説事件 美濃部達吉」などのキーワードを記号の組み合わせとして記憶しているだけで、実際にどのような出来事だったのか、それが社会をどう変えたのか、という全体の筋書きをきちんと説明できる人は、国民の中ではおそらく少数派だろう。
 そんな状況に一石を投じ、ふつうの市民が天皇機関説事件の原因と経過、主要な関係人物と団体、事後への影響などの全体像を俯瞰できる、コンパクトな概説書を世に出したいとの思いで執筆したのが、今年4月に集英社新書より刊行された拙著『「天皇機関説」事件』である。
 この事件のあと、天皇機関説は日本の政界や官界、学界から徹底的に排斥されたが、この事件と並行して勃興した「国体明徴運動」により、明治や大正期には限定的ながら許容された自由主義や個人主義までもが、有形無形の弾圧を受けることとなった。現在の日本でも、自由主義や個人主義に対し「わがまま」「自分勝手」などと否定的に評価する主張が出始めており、社会のあちこちで進む戦前的価値観の復活と合わせて、こうした主張とその出所、彼らが国民を向かわせようとする方向に注意を払う必要がある。

 天皇機関説事件は、直接的には憲法学説をめぐる議論だが、機関説排撃論の根底にあったのは、立憲主義の理念に対する国民や社会の無知、無理解だった。それを政治の中枢(帝国議会)にいる一部の人間(貴族院議員で陸軍中将の菊地武夫ら)が利用したことで、排撃運動が際限なくエスカレートし、国の進路を大きく狂わせる結果となった。
 一般的には、蓑田胸喜をはじめとする右翼(国粋主義)活動家やそこに繋がる軍人政治家が、排撃運動の中心と見なされるが、もし美濃部が天皇機関説の前提とした近代立憲主義の認識が、憲法学界のみならず一般国民の間にも周知されていたなら、あるいは機関説の排撃事件は起きなかったかもしれない。
 とはいえ、当時の日本社会には「大日本帝国憲法」が存在したものの、欽定憲法(君主により制定された憲法)という形式もあり、憲法と「国体(天皇中心の絶対的な国家体制)」のどちらを上位に置くかの認識がはっきりせず、1935年の天皇機関説事件によって、前者の後者への従属が決定づけられた。
 ここで言う「国体」とは、神の子孫と見なす天皇を絶対的に神聖な存在とし、国家も国民もすべて天皇を中心とする形で存在するのが「永遠に変わることのない日本という国のかたち」または「国柄」だという考え方で、当時の右翼団体はこの「国体」という概念を錦の御旗のように振りかざし、気に入らない人間を「反国体的」だと決めつけて糾弾・罵倒していた。
 こうした実情を考えれば、当時の日本社会で立憲主義の認識が浅かったことを、今の視点で責めるのはアンフェアとも言える。

 ひるがえって、2017年の日本はどうだろうか。憲法と「日本という国の伝統や素晴らしさ」(国体)のどちらを上位に置くかと問われて、はっきり前者だと言い切れる国民は、全体の中で多数派だろうか。憲法は何のためにあるのか、立憲主義とは何かとの質問に、自分の生活に根ざす言葉としての答えを用意しているだろうか。


立憲主義への無理解が生む「片言隻句への言いがかり」

 安倍晋三首相が語る憲法変更(いわゆる改憲)の議論は、憲法が権力を縛るという立憲主義の理念、つまり「近代国家の憲法とは、そもそも何のためにあるのか」という、一番大事な議論の出発点を素通りする形で、いきなり条文の是非や、前文に何を入れるか、という話になっている。
 これは、おそらく意図的にされていることで、「憲法とは、権力の暴走から国民を守るためにある安全装置」だという基本認識が国民の間に共有され、定着すれば、自民党改憲案に記されているような「国家に対する国民の義務」を強調した内容に、大きな疑問が生じることになる。彼らが憲法の変更に込めた真の意図、つまり権力監視のための憲法から、権力側が使う政治的道具としての「立憲主義から切り離した憲法」への作り替えが、スムーズに進まなくなる可能性がある。
 実際、安倍首相は2014年2月3日の衆院予算委員会で「憲法が権力を縛るという考え方は古い。今の憲法は、日本という国の形、理想と未来を語るものだ」などと独断で決めつけ、立憲主義の前提そのものを否定するような発言をしている。安倍首相が語った後段は、立憲主義の憲法を「国体思想を形にした憲法風の何か」に変えたいという、彼の思惑をよく表している。
 そして、首相自ら陣頭に立って憲法変更の議論をリードするなど、日本国憲法第99条の政治家や国家公務員による憲法尊重擁護義務を、権力側にいる首相や大臣、国会議員が敢えて踏みにじるような行動をとっている。そうした行動をとることで、「憲法とは、権力の暴走を縛るもの」という立憲主義の核心的な理念を、実質的に無力化するような既成事実を作り出している。

 美濃部達吉らの天皇機関説は、近代立憲主義の理念、つまり「憲法は権力の暴走を防ぐためにあるもの」という考え方に基づくものだった。当時の日本で絶対的な存在である天皇といえども、絶対王政の王様のように、自分の好きなことをやりたいようにできる力は持たず、あくまで「憲法の枠内で」あるいは「憲法の規定に則って」政治に関する諸決定を下す、という形になっていた。
 そうすることが、近代国家としての政治的・外交的な安定を得られ、長期にわたる繁栄を実現できる、というのが、美濃部らの認識だった。
「機関(オルガン)」とは、英語のエンジンやマシンという意味ではなく、国家をひとつの「法人」と見なし、天皇はその法人の最高機関、今風に言うなら「CEO(最高決定責任者)」のような存在で、法人の定款や規約に従う形でのみ、決定を下せる存在だ、というものだった。

 天皇機関説事件が起きるまで、この学説は日本の憲法学界だけでなく、政治家や官僚の間でも「定説」とされており、昭和天皇も「それで何も問題ない」と、機関説の憲法解釈を認めていた。言い換えれば、立憲主義の理念は国政レベルでは最低限、尊重されていた。通俗的な用法とは意味の次元が異なる「機関」という言葉についても、政界や官界では「そこに込められた真意」がきちんと了解されていた。
 ところが、1935年の天皇機関説事件では、こうした近代立憲主義の理念とは全く無関係な形で、排撃勢力が「神聖な天皇を『機関』などと呼んで機械扱いするのはけしからん」あるいは「神聖な天皇を、法人の機関、つまり会社の社長のような世俗的地位と一緒にするのはけしからん」などと言いがかりをつけ、「日本の国体を乱す不敬な思想だ」と糾弾した。立憲主義の理念とは次元の異なる「条文の日本語そのものを問題とする言いがかり」は、現在の日本における、日本会議系人士などの安倍首相を取り巻く論客の、憲法変更の必要性を訴える主張にも共通する特徴である。


日本の立憲主義を実質的に否定した文部省の『国体の本義』

 天皇機関説事件が起きた当初、岡田啓介首相と閣僚は、個人的には「機関説」には賛同しないが、憲法学説として定説になっている以上、政府が学問の世界にとやかく口出しすべきではない、として、美濃部をかばう姿勢を見せていた。ところが、右派の政治家とそれに繋がる右翼団体に加えて、右翼団体と親密な関係を持つ在郷軍人会(予備役の軍人を中心とする巨大組織)が、天皇機関説の排撃に乗り出して、全国的な反機関説のキャンペーンを展開したことから、岡田内閣はわずか半年ほどで態度を一変させ、天皇機関説は「日本の国体に合致しない考え方」だとして、社会からの追放を宣言。貴族院議員だった美濃部達吉は議員を辞職し、美濃部の著作とその他の天皇機関説関係の著作は発売禁止となった。

 その二年後の1937年に文部省が刊行した『国体の本義』では、大日本帝国憲法と天皇の関係について、次のように再定義された。

「なお、帝国憲法の他の規定は、すべてかくのごとき御本質(西欧的な君主や元首を超越した現人神)を有せられる天皇御統治の準則(規則)である。なかんずく、その政体法の根本原則は、中世以降のごとき御委任の政治ではなく、あるいは英国流の『君臨すれども統治せず』でもなく、または君民共治でもなく、三権分立主義でも、法治国家でもなくして、一に天皇の御親政である」

 帝国憲法が「統治者(天皇)の権力を制限」するものではなく、単に「天皇御統治の準則」と位置づけられたことは、天皇機関説の認められていた時代にあった「立憲主義」の実質的な放棄を意味していた。近代立憲主義の理念、つまり「憲法は権力の暴走を防ぐためにあるもの」という考え方は、ここにはない。
 昭和天皇自身は、1945年8月のポツダム宣言受け入れの決定を含め、自らの振る舞いが大日本帝国憲法から逸脱しないよう、細心の注意を払っていたが、軍部とその意向を色濃く反映した政府は、天皇の大権があたかも「無制限」であるかのような解釈に基づき、天皇の権威を「水戸黄門の印籠」のように掲げながら、国民の権利を制限するような法改正や命令を次々と下していった。当時の日本国民にとって、大日本帝国憲法は「権力の暴走から自分たちの身を守ってくれるもの」ではまったくなくなっていた。


立憲主義の理念に触れずに条文の議論を始める危険性

 憲法について議論する際には、実は個々の条文の内容よりも、この「立憲主義の考え方」、つまり「憲法とは、権力の暴走から国民の身を守ってくれるもの」という理念が、そこに貫かれているかどうかが重要で、もしそれがなければ、いくら立派な条文が記されていようとも、絵に描いた餅に終わってしまう。
 例えば、北朝鮮の憲法にも「言論の自由」「出版の自由」「集会やデモの自由」は記されているが、現実には北朝鮮国民にはそうした自由はまったく保障されていない。これは、北朝鮮の国家体制が、天皇機関説事件から1945年の敗戦までの日本政府と同様、立憲主義の理念をまったく尊重しない構造だからで、その代わりに「公民は、常に革命的警戒心を高め、国家の安全のために身を捧げて戦わなければならない(第85条)」「祖国防衛は、公民の最大の義務であり、栄誉である(第86条)」などの「国民の義務条項」だけが、厳守しなければならないこととして国民に強要されている。

 このように、「近代立憲主義の理念」を素通り、あるいは迂回して、憲法の条文にいきなり踏み込むような議論は、きわめて危険であり、各論としての条文の議論に入る前に、まず「憲法とは、権力の暴走から国民を守るためにある安全装置」だという基本認識を、国民の間に共有・浸透させるような報道や啓蒙活動が必要だろう。「日本の伝統や美徳が前文などに反映されているか否か」というような、国体(国柄)を問題にする議論は、こうした憲法の本質から国民の関心を逸らす、目眩ましのトリックでしかない。
 伊藤博文をはじめとする明治期の政治家は、少なくとも憲法問題に対する取り組みという面において、現在の安倍政権とは比べものにならないほど謙虚に、その分野の先輩である西欧から立憲主義を学ぼうと努力していた。近代国家における憲法や立憲主義の重要性を、欧州留学の経験を持つ伊藤らはよく心得ていた。安倍首相も一応アメリカの大学で「政治学を学んだ」とされているが、諸々の発言を見る限り、憲法や立憲主義の重要性を学ぶ機会を得ていたようには思われない。

 憲法とは、世界のあちこちで横暴な支配者に苦しめられ続けた過去の人類が、長い時間をかけて生み出した「知恵」の一つで、その「知恵」をきちんと社会の運営に生かせているかどうかで、本物の近代国家なのか、それとも独裁的な権限を持つ少数の支配者がなんでも好きなように決定を下して国民を従わせる、前近代の封建国家なのかが区別できる。憲法と国体(国柄)のどちらを上位に置くのか、という、歴史上の新たな分岐点となりうる重要な問いが、今まさに日本国民に対してなされようとしている。


(初出・メールマガジン『オルタ』2017年5月20日配信)

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社会に氾濫する「反日」という言葉の暴力性 [社会問題]

 
 
三種類の使われ方をする「反日」

 安倍晋三首相に好意的な政治的スタンスをとる、日本国内の一部メディア(産経新聞など)において、彼らが「敵」と見なす相手を表現する言葉として「反日」という二文字がよく使われる。
 この言葉は、政治的価値観を共にする人々の間では、味方の結束を高める「符丁」として、あるいは仲間内で「攻撃すべき相手」を指し示すレーザーポインターのような形で用いられるが、その用法を注意深く見ると、おおむね次の三種類に分類できる。
 まず、韓国や中国が近現代の歴史問題を取り上げて、日本を政治的に攻撃する行為を指す「反日」政策という使い方。
 韓国や中国の政治権力者が、時の政権に対する国内の不満を逸らすため、日本との歴史問題を蒸し返し、怒りの矛先を日本に向けるという政策は、過去に何度も繰り返された手法ではある。ただし、日本がかつて韓国を併合し、植民地として支配した歴史的事実や、日本軍が満洲事変や日中戦争で中国領内への軍事侵攻を行って、大勢の中国人を死に至らしめた歴史的事実を踏まえれば、日本側がそうした事実を無視あるいは軽視する態度を示した時、韓国や中国が反発するのは当然だと言える。
 従って、歴史問題に関する韓国や中国の抗議を一概に「反日」、つまり「悪意による嫌がらせ」のように曲解する態度は、過去の一時期に自国が周辺国に対して行った行動への反省から目を背ける卑怯な態度でしかない。
 二番目は、そんな韓国や中国の「反日」政策に協力していると彼らが見なす、朝日新聞を攻撃する際の「反日」報道という使い方。
 この用法の背景にある考え方については、産経新聞社のオピニオン誌『正論』2014年10月号に掲載の「廃刊せよ! 消えぬ『反日』報道の大罪」という朝日新聞批判の鼎談記事(櫻井よしこ、門田隆将、阿比留瑠比)で、櫻井よしこが述べた次の言葉が簡潔に言い表している。
「日本の外交で反日的なところは中国と朝鮮半島です。この中国と朝鮮半島に反日の種を蒔いたのは朝日です。朝日新聞が本当に諸悪の根源になっています」(p.73)
 そして三つ目は、安倍晋三首相を、韓国と中国、朝日新聞などの「反日」的活動と対峙する「毅然とした国家指導者」として位置づけ、その安倍首相に従わない人間をひとまとめにして攻撃する際の「反日」勢力という使い方。
 さまざまな立場や政治思想を持つ、安倍首相の政策に批判的な人間を「敵である韓国、中国、朝日新聞の味方」と決めつけて同一視し、根拠のない憶測で「あいつは中国の手先だ」とのデマを流す時などに添えられる。


安倍晋三首相に逆らう者=「反日」

 先に挙げた「反日」という言葉の三種類の用法のうち、一つ目は「国家間の対立」の文脈で使われるもので、そこで言う「日」が日本という国を指すことは明らかだが、二つ目と三つ目の用法については、「反日」の「日」が何を指すかはいちいち説明されない。
 では、その言葉を使う人々は、「反日」の「日」をどのように理解しているのか。
 その問いへの答えを示唆するいくつかの言葉が『正論』2013年5月号に掲載された「総力ワイド 反日の懲りない面々に気をつけろ」という小特集のリード文に含まれている。
「三年三カ月にわたり国政を停滞させた民主党政権とは、いったい何だったのか。(中略)
 この政権のまわりに群がっていた左派勢力の辞書に『反省』の二文字はないようだ。彼らの一部は今もメディアなどを通じて反日的な発言を繰り返し、あるいは行政組織に深く潜り込んで亡国的な政策を進めている。保守の安倍晋三政権が発足し、期待通りの滑り出しをみせているからといって、油断は禁物だ」(p.200)
 民主党政権と、「その周りに群がっていた左派勢力」が「反日」的な日本人であり、それと果敢に戦って勝利した「保守の安倍晋三政権」が、本来あるべき姿の正常な日本人であるという。
 この小特集で「反日」の烙印を押されているのは、このほか「反原発派」や「フェミニスト」、そして「中国に好意や理解を示す政治家、財界人、言論人」などで、いずれも安倍首相の政策とは相容れない政治的立場をとっている点で共通している。
 しかし、特定の偏見を排して現実を見ればわかるように、安倍首相を批判する人間が必ずしも「左派」、つまり社会主義や共産主義の政治的スタンスをとっているわけではない。自由主義や個人主義と、社会主義や共産主義は、目指す社会の理想が異なる。
 また、日本の歴史上最大の惨事であった1945年8月の敗戦を二度と繰り返してはならない、という「愛国」的な思想から、安倍政権の戦前回帰的な諸政策を批判する人間も少なくない。
 自ら始めた博打的な大戦争の結果、甚大な人的損害を被って完敗した日本は、長い歴史の中で初めて外国軍に征服され、独立国の主権を一時的に他国に奪われた。
 その反省に立ち、制度的・構造的な問題点に目を向け、過去の負の歴史と真摯に向き合うことは、「愛国」的な態度のはずだが、戦前と戦中の国家体制を肯定的に評価する安倍首相側の立場から見れば、戦前と戦中の「負の歴史」を事実と見なす歴史認識は「反日」的な態度と理解される。


「反日」と併用される「自虐史観」

 産経新聞や『正論』の記事によく見られるように、過去の歴史に関する議論では、「反日」と共に「自虐史観」という四字熟語もよく使われる。用法は基本的に共通で、戦前と戦中の国家体制とそれを継承する政治思想を「取り戻すべき本来の日本の姿」であるとの暗黙の前提に立って語られる。
 この「自虐史観」というワードは、認めたくない歴史的事実を否認する上で、とても便利で都合がいい。ある事実に対して「それは自虐史観だ」と言えば、実際には何の立証もなされていないのに、あたかも提示された事実の信憑性が消えたかのように錯覚できる。自分で自分の目を塞いでいるだけなのに、事実がこの世から消失したかのように思いこめる。
「反日」という言葉もこれと同様で、ある人間を「反日」と決めつければ、何の立証もしないまま、対象を「日本の敵」として実質的に人格まで否定してしまえる。それは、戦時中の日本で多用された「非国民」という言葉と同じで、時の政治権力者や政治勢力から見た相対的な「敵」にすぎない相手を、国全体の「敵」であるかのように印象づける。
 ネット空間では、安倍首相に批判的な人間に対し「反日」というレッテルを貼る行動が盛んに行われているが、こうした攻撃は安倍首相への批判を少しずつ弱らせる効果を目的としている。それを行う人々(多くは匿名覆面)は、自らの態度を普遍的な「愛国」的立場からの振る舞いのように装うが、その実体は特定の政治権力者への奉仕であり、道義的な判断を下す決定権を勝手に独占した上でなされる、一方的な「国の敵という決めつけ」でしかない。
 実際には、道義的な判断を下す決定権を独占する権限など、彼らにはない。古今東西の歴史が教える通り、まやかしの「愛国」は、自分に従わない相手に対して何をしても許されるという「免罪符」として濫用されてきた。
 それに対抗するには、「反日」や「愛国」の定義を常に疑い、何が本当に「日本のため」になるのかという議論を厭わず、レッテルによる錯覚やまやかしの霧を根気強く打ち消していくしかない。


(初出・株式会社金曜日『週刊金曜日』2017年2月17日号)

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【総選挙2014】首相が「どの論点を避けているか」にも目を向けてみる [選挙]

 
 
 2014年の衆議院議員選挙は、決定権を握る首相が(形式上は唐突に)「解散総選挙」を選択した真意が判然としないこともあり、メディアの側も選挙報道の軸となる「争点」を明確に絞り込めていないように見えます。
 私は、既に「争点」として論じられている個別の問題よりも、むしろ「現政権が最終的にこの『国』をどんな形へと作り替えることを目指しているか」を重視して、一有権者としての「総合的評価」を行うつもりでいます。その分析評価においては、第二次安倍政権が経済政策や安全保障政策などの諸問題の決定過程において国民に見せた姿勢や説明内容に加えて、同政権の発足から二年間における日本国内の社会的様相の変化と、同政権が記者会見等で質問されても論点化するのを避けて「一切触れようとしない」問題は何なのかという点にも目を向けて、判断の材料としています。
 1点目の「諸問題」については、既に多くの方が論じておられるので、ここでは2点目の「同政権の発足から2年間における日本国内の社会的様相の変化」と、3点目の「政権が論点化するのを一貫して避け続ける問題」について、私なりの認識を述べてみます。


日本の社会は、第二次安倍政権下でどう変化したか

 人が歴史を学ぶ意義の一つは、過去と現在と未来が「途切れずに連続している」という「感覚」を、思考の底流に形作ることだと思います。現在目の前にある様々な問題は、いきなり目の前に出現したのではなく、ほとんどの場合、少しずつ視野の中で拡大してきたはずですが、大抵は「はっきりわかるほど大きくなる」または「深刻化する」まで、その変化には気付かずに見過ごしてしまいます。
 それと同様に、社会全体の重要な変化も、唐突に激変するのではなく、漫然と日々を過ごしていると全然気付かないくらいの緩いスピードで、少しずつ進んでいきます。20世紀における、あるいは人類史で最悪の政治体制の一つとすら評価されているナチス・ドイツの非人道的な独裁も、日本の現副総理が内輪の講演で「あの手口に学ぶ」と述べたように、多くの国民がその重大さに気付かない程度の遅さで、じわじわと形成されていきました。
 こうした変化に「気付く」ためには、長い時間をかけて録画した映像を早廻しで一気に観るのと同じように、過去数年間の社会の動きを回顧し、何がどんな風に変わったのかを定期的に確かめる必要があります。植物の成長も、毎日水をやっていても変化を「変化」だと気付きにくいですが、録画の早廻しで観ると生育の具合がよくわかります。
 それでは、第二次安倍政権が発足してから、日本国内がどのように変化したのか。以下は私の主観ですが、発足前と較べて「変わったな」と思う点をリストアップしてみます。

 ●人種差別や民族差別など、偏見と差別を堂々と主張する攻撃的・排外的な言説(いわゆるヘイトスピーチ)が増え、ネット上だけでなく路上でも公然と叫ばれるようになった。
 ●特定の国を名指しして国民や慣習を貶め、その国の前途が悲観的・絶望的であるかのように描いた本が数多く出版され、書店の目立つ場所に並ぶようになった。
 ●「日本」や「日本人」を礼賛する本やテレビ番組が急激に増加した。
 ●政治家が、1945年8月(敗戦)以前の「女性観」に基づく役割分担への回帰を、公然と語るようになった。
 ●「国境なき記者団」が発表する「言論の自由度ランキング」で、日本は再び50位以下に転落した(50位以下は過去3回、2006年、2013年、2014年でいずれも安倍政権)。
 ●公共放送の会長や経営委員など、現政権との親密な関係で社会的な優位に立つ側の人間が、傲慢な態度を隠さなくなった。暴言を吐いても地位を失わなくなった。
 ●公共放送のニュース番組が、首相や政府に対する批判的内容を一切報じなくなり、逆に首相や閣僚のコメントはたっぷりと時間をとって丁寧に報じるようになった。
 ●大手新聞社や在京テレビ局のトップが、首相と頻繁に会食するようになった 。大手芸能事務所の社長やプロデューサー、大手出版社の社長も、首相と親密な関係を結び始めた。
 ●「国益 」「売国 」という言葉が大手メディアや週刊誌で頻繁に使われるようになった。
 ●政府に批判的な人間への威圧・恫喝・見せしめのような出来事が増えた。
 ●首相が国会で名指しして批判した新聞社の関連人物を雇用する大学に対し、無差別殺人を予告する脅迫が行われたが、首相も国家公安委員長もこの脅迫行為を非難しなかった。
 ●ヘイトスピーチを行う団体の幹部と現職閣僚(一人は本来そのような団体を取り締まる立場の国家公安委員長)が、政治思想面で共感し合っていることを示す団体機関紙記事や記念写真などがいくつもネット上に流出した。
 ●天下りや家賃が優遇される官舎など、民主党政権時代には頻繁に行われていた、官僚の特権的境遇や税金の無駄遣いに関する大手メディアの批判的報道がパッタリと止んだ。

 首相と現職閣僚の靖国神社参拝や慰安婦問題の矮小化などによる、近隣諸国との軋轢増大や海外メディアからの批判は、ここでは「国外の問題」として除外しましたが、上に列挙したような国内の変化のほとんどは、首相自身や閣僚、および彼ら・彼女らと親密な関係を持つ作家や評論家、政治活動家が直接的に関わって生じているものだと言えます。
 先に述べたように、歴史の文脈で見れば、社会の変化は継続します。こうした変化が、私の抱いている印象の通り、この2年間で「増えている」としたら、現在の政権が続く限り、今後もさらに増え続ける可能性が高いと思われます。実際、現政権は、諸外国では犯罪として法規制の対象となっている「ヘイトスピーチ」にすら、積極的な抑制的対応をとろうとしていません。与党への投票は、こうした「変化の方向性」への「是認」を意味します。


首相が一切触れない問題は何か

 首相は解散後に行った党首討論会(2014年12月1日)において、先の戦争(第二次世界大戦または太平洋戦争、当時の日本側呼称では大東亜戦争)における日本国内での責任の所在はどこにあると思うかと質問された時、返答をはぐらかして誤魔化し、論点化することを避けました。
 もしドイツで、首相や大統領が同じ質問を受けた時、ヒトラーやナチスの責任に一切触れず、「さまざまな論文が書かれているので、政治家はそれらを謙虚に読んで学ばなければならない」等の漠然とした一般論に逃げたとしたら、ドイツ国内はもとより周辺諸国からも猛烈な批判に晒されて、即刻地位を失うでしょう。しかし日本では、現職の首相が、先の戦争での自国の責任の所在を問われて上のような一般論の言葉で逃げ、当時の政治家の責任を一切認めなくても、全く問題視されず、首相としての地位を失うこともありません。
 これは、どう考えても異様な状況です。公的な場面で何度も「先の戦争の反省に立って」と口にする首相が、実は「戦争の責任が誰にあるのか」つまり全体の構図を何も認識していないことになります。満洲事変を引き起こしたのも、蘆溝橋事件という偶発的事件を日中戦争に拡大したのも、真珠湾の米軍やマラヤの英軍に先制奇襲攻撃を仕掛けたのも日本であり、日本は「戦争の主体」でしたが、責任の所在が「今はよくわからない」というのが本当なら「反省」のしようもありません。再発を防止もできないでしょう。
 では、首相はなぜ、先の戦争の責任の所在という重要な問題への回答を意図的に避けたのか。
 首相の過去の発言を見れば、同様の態度をとっている例が他にも多数見つかります。
 首相は、「戦後レジームからの脱却」と言い、戦後日本の憲法や価値判断基準を全否定しつつ、戦前・戦中のレジーム(国家体制)の問題点には何も言及していません。
 「国のために戦って命を落とした軍人」を慰霊する目的で靖国神社を参拝するのは「国民として、国の指導者として当然のこと」と言いつつ、死亡した軍人の6割が餓死、つまり「運用管理側の不手際」で死んだ事実 には触れない。その「運用管理側の不手際」の総責任者であった東條英機らが、同じ靖国神社に「英霊」として祀られている事実にも、両者を同じ「英霊」という概念で括って並列に置くことの妥当性にも触れようとしません。
 慰安婦問題では「国による強制を裏付ける文書は無い」と言いつつ、慰安婦施設を実質的に運営管理した軍や政府側の責任者の名前や、具体的な組織図等は一切明らかにしません。
 先の戦争が「侵略であったか否か」と問われると「私は『侵略ではない』と言ったことは一度もない」という巧妙なレトリックを使うが「侵略であった」とは明言していません。
 これらの「首相が言及しない」「論点化を避けた」問題を見ると、全てに共通する方向性が浮かび上がります。それは何かと言えば、戦前・戦中の国家体制の肯定と是認です。


戦前・戦中の国家体制の肯定と是認

 触れない、言及しない、というのは、言い換えれば「否定的に評価しない」という意味でもあります。「戦後レジーム」を否定して「日本を取り戻す」と言いつつ「戦前・戦中レジーム」は否定しないという話を論理的に整合するように換言すると、現政権は「戦前・戦中レジーム」を肯定して、日本をそこに戻すことを目指すという意味になります。
 「戦前・戦中レジーム」と聞くと、多くの人は「戦争」や「軍国主義」等の言葉を連想されるかもしれません。しかし、少し引いた視点から見れば、「戦争」や「軍国主義」は当時の日本を支配していた政治思想が生み出した副産物であり、その根源を残したまま「戦争」や「軍国主義」だけを否定しても、当時の体制と訣別したことにはなりません。
 大手メディアは実質的に黙殺していますが、首相をはじめ現在の内閣を構成するほとんどの国会議員は、「戦前・戦中レジーム」の精神的支柱であった「国家神道」系の宗教的政治団体(日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会など)に所属しています(首相は後者の会長も務めています)。日本会議や神道政治連盟などの宗教的政治団体は、戦前・戦中の体制に対する批判的認識を一切受け入れず、逆に戦前・戦中体制の復活を目指すことこそが、日本にとって唯一の「愛国の道」であるかのような政治宣伝を、現政権の成立後は特に活発に行っています。
 人命や人権の価値を著しく軽んじた戦前・戦中の「国家神道」思想は、いわば国家体制の「ソフトウエア」であり、「軍国主義」の根幹である軍隊はそれによって動く「ハードウエア」でした。戦後の日本は、ハードウエアとしての軍隊を否定することで、戦争への回帰の道は断たれたと錯覚して安心しましたが、「国家神道」を別のソフトウエアで上書きすることは怠りました。その結果、現政権下で古いソフトウエアが再起動しています。
 戦前・戦中の「国家神道」体制は、日本の長い歴史上ただ一度、国の主権を外国に譲り渡すという悲惨な「敗戦」をもたらした国家体制で、実際にはわずか10数年ほど日本の政治を支配したに過ぎない「一過性」の現象でした。「日本の伝統」でもなければ、唯一の「愛国の道」でもありません。むしろ、日本という国を滅亡の淵へと導いた「亡国の体制」でした。
 この戦前・戦中の体制を現代に復活させるためには、戦後に公布された日本国憲法を廃棄して、国民が形式上自発的に国のために犠牲になる、そして人権や人道といった現在の国際社会で重視・尊重されている価値よりも「国家全体の(物理的・経済的)利益」を優先する条項を記した、憲法が国を縛るのでなく国家体制が国民を縛る形式の「新憲法」への改訂が絶対的に必要となります。
 与党への投票は、こうした「戦前・戦中体制への回帰」の「是認」を意味します。与党とそれに賛同する政党の議席が3分の2に達すれば、憲法改正は現実の問題になります。


「棄権」や「白票」という選択肢はありうるか

 もう一つ、今回の選挙で投票所に行くことに気乗りしないという人が、「棄権」や「白票」という形式で「意思表示」することについて、私の考えを述べておきます。
 「欲しい商品がお店に無いから買わない」のと同じ感覚で「入れたい政党が見当たらないから投票しない」という棄権行動を、想田和弘さんは「消費者民主主義」と的確に表現されていますが、民主主義国の市民は本来、死ぬまで選挙で有効票を投じる「義務と責任」を負う立場にあります。ここで言う「市民の責任」とは、今を生きる自分だけでなく、まだ選挙権を持たない世代やまだ生まれていない世代への「責任」も含む、大きな概念です。なぜなら、その選挙の結果は、まだ選挙権を持たない世代やまだ生まれていない世代の生活を大きく左右することもあるからです。正しい答えがわからなくても、責任を負います。
 今を生きる自分の都合しか考えず、「投票したい、投票するに値する政党が見当たらないから投票に行かない/白票を投じる」とか「誰か投票するに値する候補者を用意してくれれば、選挙に行ってやってもいい」「それができないのは政治サイドの責任であって、俺の責任じゃない」などと居直る、親に甘えた子供のような発想は、少なくとも国民が命がけで旧体制と戦って「民主化」を勝ち取った国では、決して出てこないでしょう。
 与党には投票したくないが、かと言って野党の中で最も有力だと思われる政党も「気に入らない」ので票を入れたくはない――私も選挙のたびに、この種のジレンマと戦い続けていますが、大きな問題との対峙で小さな「自分の都合」や「自分の面子」を優先するのは、引いた視点や歴史的な観点で見れば、まったく合理的判断とは言えません。
 実質的な「選択の自由」が与えられた環境で国民が投票できる選挙は、もしかしたら今回が最後になるかもしれない。ほとんどの日本人は、そんな風には考えていないでしょうが、古今東西の戦史や紛争史を調べれば、それと気付かないまま「最後の民主的選挙」を通り過ぎて、後戻りのできない「別の政治体制」へと移行した例は、決して少なくありません。
 「投票で政治を変えることはできない」という指摘は、現状では正しい部分もありますが、権力者は「投票結果を武器として、盾として、最大限に利用する」ことも事実です。現在の選挙制度では、「棄権」や「白票」は与党に投票したのと同等の効果を持ちます。
 そう考えれば、民主主義国の選挙における「棄権」や「白票」という選択肢が、果たしてありうるのか、という認識も、少しは変わるのではないでしょうか。


(初出・『ポリタス』2014年12月9日


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安保法制問題で露呈した「四つの問題点」 [社会問題]

 
 
 現在国会で審議されている安保法制をめぐる議論は、後世の歴史家の目には、おそらく「異常な事態」と映ることだろう。国権の最高機関である国会で、戦後七〇年堅持されてきた国の進路を大きく転換する動きが日々進行しているにもかかわらず、事態を歴史的な文脈で捉えた論理的・理性的な議論がほとんどなされず、むしろ論理学上の「詭弁術」の教科書に載せられるような典型的な「詭弁」を、首相や大臣が平然と口にしている。
 首相や大臣は、論点を拡散して議論を混乱させるためか、次々と「具体例」や「個別の解釈」を提示しては、それと全く異なる例と解釈を数日後に述べるような行動を繰り返している。例えば、首相は五月二十日の党首討論で、他国領域での武力行使について「武力の行使や戦闘行為を目的に海外の領土や領海に入ることは許されない」と明言したが、官房長官は五月二十五日の定例記者会見で「他に手段がないと認められる限り、誘導弾(ミサイル)等の(相手国内の)基地を叩くことは法律的には自衛の範囲に含まれ、可能である」と説明、防衛相も五月二十六日の閣議後の記者会見で同趣旨の説明を行った。
 こうした一連の流れを俯瞰すると、現政権の重大な問題点が浮かび上がる。
 その問題点とは、大別すると(1)現実認識能力の欠如、(2)対外交渉能力の欠如、(3)人命軽視の思考、(4)憲法と立憲主義への侮蔑、などである。


(1)現実認識能力の欠如

 まず「現実認識能力の欠如」について。首相や防衛相は、自衛隊の派遣は「後方支援」なので「自衛隊員のリスクは増大しない」と説明している。だが、実例として挙げる戦場のイメージは、「危険な前線と安全な後方」という「第二次大戦型」の古い内容で、現代の戦争で兵士がどんな事態に直面するかという「現実」にまったく合致していない。
 実際には第二次大戦でも、後方の補給線は陸上・海上の両方で「敵」の重要な攻撃目標となり、ゲリラの襲撃や航空機による爆撃、潜水艦による通商破壊戦などで、大勢の「後方部隊の軍人」や「民間の船員」が命を落とした。だが、戦争映画では最前線での射撃戦や空中戦が多く描かれるため、そうした実相は一般にはあまり知られていない。
 それに加えて、現代の戦場では以前とは全く異なる形で、後方部隊が被害を被る事例が激増している。火薬の詰まった砲弾などの信管を携帯電話と接続し、あらかじめ道路などに仕掛けた上で、標的が通過するタイミングに合わせて遠隔操作で爆破する「即席爆発装置(IED)」がそれである。二〇〇一年十月から二〇〇八年十一月までの七年間に、アフガニスタンで死亡した米軍と多国籍軍兵士の約四割(二九〇人)が、IEDによる死亡者だった。また、運良く生き延びても、爆発時の衝撃波で脳の損傷(TBI=外傷性脳損傷)を受ける場合があり、米国防総省の調査ではTBIの患者数は一四万人に上る。
 首相や防衛相は、「敵が撃ってきたら安全な後方へ逃げる」等の形式的な説明を繰り返すが、補給物資を輸送中の自衛隊の車両が、突然「道路の爆発」で吹き飛ばされる事態が発生すれば、逃げる逃げないという以前に、乗員はもう死んでいる可能性が高い。


(2)対外交渉能力の欠如

 次に「対外交渉能力の欠如」について。いったん当事者として参加した戦争や紛争を、講和や協定という形式で収束するためには、自陣営の要求を主張するだけでなく、相手陣営の要求を聞いて内容を理解した上で、必要な範囲で受け入れる判断力が、国の指導者に要求される。しかし現政権は、安保法制の議論でも沖縄の外国軍基地問題でも、歴史認識問題でも原発再稼働の問題でも、常に「一方的に自陣営の要求を主張する」だけで、異議を唱える相手陣営の主張を理解したり、それを受け入れる判断力を持たない。
 沖縄問題では、首相も官房長官も「辺野古移設が唯一の解決策」との自説を繰り返すだけで、「新基地建設に反対」という県知事と県民が提示する論点には一切目を向けない。隣国との政治的関係が悪化しても、外交で事態を好転させる努力をほとんど示さない。
 こうした状況は、現政権には「利害衝突を交渉で解決する能力がない」ことを示しているが、安保法制がこのまま成立すれば、そんな「紛争収束能力を欠いた政権」が、従来は認められていなかった「戦争や紛争に主体的に参加する権限」を手にすることになる。


(3)人命軽視の思考

 三番目の「人命軽視の思考」は、先に挙げた「現実認識能力の欠如」とも関連するが、法案が成立して自衛隊の海外派兵が実現すれば、自衛隊員の命のリスクがどれほど増大するかについて、首相も防衛相は真剣に考えようとしていない。リスクとは「あるか、ないか」の二分法ではなく、政策によって変動するリスク総量の増大や減少と、リスクを「敢えて取る」ことに見合う価値がどの程度あるかというバランスを対比させながら、立体的に査定すべきものだが、首相や防衛相は「自衛隊員には今までもリスクはあった」「自衛隊員はリスクを覚悟して入隊したはずだ」等、一貫して「あるか、ないか」の二分法でしか答弁しない。
 挙げ句の果てには、民主党・辻元清美議員の「人の生き死にに関わる問題です」との言葉に対して、首相が「大げさなんだよ!」と言い放つ(五月二十八日)。自分が今、国会で論じている問題が「人の生き死にに関わる問題」であると、首相が理解していない。


(4)憲法と立憲主義への侮蔑

 四番目の「憲法と立憲主義への侮蔑」は、国会に招致された参考人三人を含め二〇〇人を超える憲法学者が「現在の安保法制は憲法違反」と指摘しているにもかかわらず、憲法の専門知識もない大臣や官房長官が「問題ない」と耳を塞ぐ頑なな態度が示している。立憲政の国で、権力者が憲法を逸脱した権力行使を行うことを、一般に「クーデター」と呼ぶ。そして、これらの四つの問題点はいずれも、先の戦争で日本を破滅へと導いた戦争指導者の特徴とも重なり合う。

 現在の日本は、首相が安保法制や憲法改正の根拠として提示するような「外的要因」ではなく、首相と大臣がその役職に相応しい能力を持たず、同じ考えの集団内でしか通用しない「内輪の論理」に従って憲法の枠組みさえ踏み越え、国の方向性を集団の力で強引に変更するという「内的要因」によって、深刻な「国家存立危機事態」に直面しているのである。


(初出・『神奈川新聞』2015年6月12日


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見失われつつある「歴史を学ぶ理由」    [社会問題]

 
 
書店の「歴史雑誌」売り場の変化

 この数年、書店の歴史雑誌売り場の光景が大きく様変わりしたように思える。
 そこには二種類の雑誌が並んでいる。一つは、過去の歴史をわかりやすく解説する雑誌。もう一つは、歴史解説の体裁をとりつつ、自国礼賛の政治思想を読者に植え付ける雑誌。
 一見すると、両者は同じような読者を対象としているようにも思えるが、そこには重要な違いがいくつか存在する。
 まず、前者は過去の歴史を価値中立的に捉え、最新の学説を交えながら事実認識を読者に提示するが、後者は違う。自国にまつわる過去の歴史について、あらゆる面で「自国の名誉」を高めることを目的とし、そのために有用であると判断すれば、「他国の名誉」を貶めることも厭わない。
 また、前者は過去の失敗についての批判や反省という視点を重視するが、後者は逆にそれらを「自虐」あるいは「他国の謀略」と位置づけ、自国にまつわる歴史には何の瑕疵も存在しないかのような「物語」を読者に提供する。
 書店の売り上げランキングを見ると、後者の「歴史解説の体裁をとりつつ、自国礼賛の政治思想を読者に植え付ける雑誌」は人気が上昇しており、これらが確固とした「読者のニーズ」に応える媒体であるのは間違いない。
 しかし、書店の歴史雑誌売り場において、後者の雑誌が前者の雑誌を凌駕していく状況は、この国の社会全体における「歴史」の価値判断基準を大きく揺るがすものだと言える。
 歴史解説の体裁をとりつつ、自国礼賛の政治思想を読者に植え付けるとは、言葉を換えれば「歴史研究の政治への従属」を意味し、過去の事実認識が現状の政治権力にとって都合のいい内容へと書き替えられる危険性を孕んでいるからである。


人が「歴史」を学ぶ理由とは何なのか

 そもそも人間は、なぜ「歴史」を学ぶのか。
 この問いには、様々な答えがあり得るが、筆者は近著『戦前回帰』(学研)の冒頭で、次のように書いた。
「人が歴史を学ぶ意義の一つは、過去と現在と未来が『途切れずに連続している』という『感覚』を、思考の底流に形作ることだと思います。現在目の前にある様々な問題は、いきなり完成した形で出現したのではなく、ほとんどの場合、少しずつ視野の中で拡大してきたはずですが、大抵は『はっきりわかるほど大きくなる』または『深刻化する』まで、その変化には気付かずに見過ごしてしまいます」
 過去の失敗や過ちを繰り返さないために、歴史を学ぶ、とはよく語られる言葉だが、実際には過去の人々も、失敗や過ちの道をそれと自覚しながら歩んでいたわけではない。
 後世の人間には明らかな失敗や過ちも、同時代の人間の目には見えにくく、従って「間違った道」を進んでいるとの自覚も生じにくい。その理由は、たとえ「間違った道」であっても、社会の変化がゆるやかであれば、日々の生活の延長として許容してしまい、不安や違和感を知覚しないためである。
 大抵の場合、もはや引き返すには手遅れである段階へと進行してしまうまで、自分たちが「間違った道」を歩いてきたことに気付かない。そして、道程にいくつも他の分岐路があったという事実を見落とし、その道しか存在しないという共通認識を社会が共有して、それがあたかも「歴史の必然」であるかのような現状追認の思考へと至る場合も少なくない。
 大型の客船や旅客機の乗客は「自分が今、大きく移動している」と自覚しにくいが、それは自分を取り巻く環境全体が一緒に移動しているためであり、常に窓の外に注意を凝らして以前と現在の風景の違いを確かめていれば、移動を知覚できる。
 それと同様、自分が「歴史」という連続した流れの中にいることを意識して、二年前、一年前、半年前と現在とでは、社会にどのような変化が生じているのか、それらの変化は他国と比較してどのようなものなのか、過去に同種の変化が社会に表れた時、最終的にどんな結末へと至ったか、という「歴史感覚」を常に磨いておく必要があるように思える。
 社会を構成する人々がそれを怠れば、漠然と「自分を取り巻く環境」と共に浮き草のように風下へと流されて、後世の人間から「あの時代の人々は、なぜ間違った道を進んだのか」と評されるような「歴史」を、再び繰り返すことになりかねない。
 知識や教養などの「情報(インフォメーション)」としての「歴史」にも、学問的あるいは実用的な価値は存在する。
 けれども、自分もまた生成途上の「歴史」を構成する一員であり、窓の外を通り過ぎる分岐路を横目に見ながら日々の生活を営んでいるという当事者の「感覚」を欠いていれば、どれほど大量のインフォメーションを記憶していても、過去の歴史を「道を誤らないための道しるべ」という意味での「情報(インテリジェンス)」として役立てることは困難だろう。
 過去の「歴史」を有用な「道を誤らないための道しるべ」として役立てるためには、事実の集合体としての複雑な多面体である「歴史」に、様々な角度から光を当て、何者にも支配されない自由な思考で評価・分析・検証する作業が必要となる。
 言い換えれば、歴史研究の政治への従属は、こうした自由な思考に手枷と足枷を嵌め、対象に光を当てる角度を「政治権力が承認した方向」だけに限定することを意味し、最終的には過去の「歴史」を有用な「道を誤らないための道しるべ」として役立てる道を閉ざすものだと言える。


「正しい歴史解釈」と「歴史家」の務め

 政治権力者が統一的な「正しい歴史解釈」を国民に指し示すような国は、ほぼ例外なく、国民の自由や人権よりも国家体制の存続と強化を優先する政策を、非民主的な手法で強権的に遂行している。
 それを考えると、現在の日本政府が外部の「有識者会議」などを遠隔操作のツールのように駆使しながら、統一的な「正しい歴史解釈」を認定および広報する動きについて、国民の自由や人権よりも国家体制の存続と強化を優先する、強権的な国家体制づくりの一環と見なす懸念も的外れとは言えない。
 そして、現在の日本の一部の新聞や雑誌は、自国礼賛の歴史認識を読者に植え付ける作業を「歴史戦」と名付け、自分が他国の「文化的侵略」から母国を守る戦士の一員であるかのような高揚感と共に、現在の政治権力者にとって都合のいい「正しい歴史解釈」を宣伝している。
 こうした動きが進行している時、職業として歴史を研究する「歴史家」の社会的な務めとは何だろうか。
 先に述べた通り、歴史研究に必要なのは「政治的要請に制約されない自由な思考」であって「政治指導者が指し示す正しい歴史解釈」ではない。政治権力者が歴史認識への介入を強める行為は、明らかに「自由な思考」を阻害するもので、本来なら歴史家が結束して拒絶・対抗・抵抗せねばならないはずである。
 研究者の世界では、そうした政治宣伝は歴史研究の裏付けを欠いているために「まともに論じるに値しない」あるいは「相手にすると学者としての沽券に関わる」と見なされているのかもしれない。しかし、専門家が放置・黙認すれば、一般の人々は「批判も否定もされないということは事実なのか」と思い、それを信じる人の数が徐々に増加していくことになる。
 職業人である前に「市民」であるとの考えに立てば、自分の住む社会で健全さが失われつつある状況を傍観せず、自分にできることをするのが「市民」の務めだという結論が成り立つ。歴史家もまた、社会の健全さを維持する責任を負う「市民」の一人だとするなら、歴史研究の政治への従属という目下の現象に、専門的見地から積極的に対抗していくべきだろう。


(初出・朝日新聞出版『一冊の本』2016年1月号)※一部修正しました。

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投票所の「入り口」と「出口」から見える風景   [選挙]

 
 
選挙での棄権は「社会的変化の肯定と是認」

 先の衆議院議員選挙(2014年12月14日投票)の結果は、2014年を生きる日本人の多数派の意思を、明瞭に浮かび上がらせた出来事だったように思える。
 第二次安倍政権下の二年間で決定された様々な政策の方向性と、社会を飛び交う言葉や人々が示す態度などの社会的様相の変化に対して、明確に「イエス」と言う人も「ノー」と言う人も、現在の日本では少数派だった。
 投票率は、戦後最低の52パーセント台だったが、与党に投票した人、与党に反対して野党に投票した人、そして「自分には関係ない」と投票に行かなかった人の三集団に有権者を分けるなら、現在の日本における多数派は、三番目の「投票を棄権した人」だった。
 何かの動きが現在進行中の時、意見を聞かれて「別にどっちでもいい。自分には関係ない」と答えるのは、その動きの方向性とスピードを「今のまま続けてもかまわない」という「承認」を意味する。つまり投票を棄権した人は、その理由が何であれ、この二年間に日本国内で生じた様々な社会的変化を、棄権という行動をもって実質的に肯定・是認したことになる。
 言論人の中には、棄権もまた「政治への意思表示の一形態」として認められるべきだという意見を主張する人もいる。だが、本人は「政治的な判断を保留する」つもりで棄権したのに、実際の政治の世界では「現在進行中の動きの方向性とスピードを承認」した効果を持つという皮肉な現実を、果たして棄権した有権者は充分に理解しているだろうか。


「入れたい候補者がいない」という説明の欠陥

 選挙でどの政党に投票するかについては、二通りの考え方が存在する。
 一つは、既存の政党の中で自分の理想に一番合う党はどこか、という「投票所の入り口から見える風景」を基準とするもので、もう一つは選挙の結果次第で政治や社会がどのように変化するかを予測・想像し、その変化の方向性や速度を自分の思い描く理想に近づけるためには、どの政党に投票するのが一番効果的か、という「投票所の出口から見える風景」を基準とする。
 棄権した有権者の多くは、前者の「投票所の入り口から見える風景」に基づいて、棄権の理由を語っている。「入れたい政党や候補者が見当たらない」という説明がそれである。前者には、そんな「該当者無しの棄権」という選択肢もありうるかに見える。
 だが、後者の「投票所の出口から見える風景」にはそのような選択肢はない。政治が「走行中の車」だとすれば、後者はハンドルやアクセル、ブレーキの操作を意味する。「何も操作しない」ことは、今進んでいる方向に今の速度で走り続けることを「望んだ」ことになる。
 第二次安倍政権の発足(2012年12月)からの二年間、日本国内の空気はわずかずつ、しかし確実に変化してきた。日本人の美徳とされてきた「礼節と謙虚さ」は影を潜め、高圧的な「傲慢と居直り」に取って代わられた。恫喝や暴言が国の中枢部にいる要人の口から漏れるのも普通になった。人種や民族、性別など、人権を蔑ろにする偏見や差別を堂々と主張する攻撃的・排外的な言説が市民権を得、「日本」や「日本人」を礼賛する本や雑誌記事、テレビ番組が急激に増加した。
 上に列挙した国内の変化は、首相や閣僚、および彼ら・彼女らと親密な関係を持つ作家や評論家、政治活動家の言動と密接に結びついている。だが、古今東西の戦史や紛争史を調べれば、自国礼賛や民族主義の勃興、特定の他国や他民族への敵意の扇動、そして人道や人権よりも国家体制を優先する傲慢な思想の隆盛が、その後の「動乱の道」へと続いた例は数多い。

 過去と現在と未来は、途切れずに連続している。この国が将来向かう「未来」を知りたければ、まずは過去から現在へと進んできた「変化の方向性とスピード」を認識しなくてはならない。


(初出・2014年12月19日付東京新聞夕刊)※一部修正しました。

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戦争を受け入れる「心の変化」   [社会問題]

 
 
「戦争しないための道」を見抜く難しさ

 第二次世界大戦の終結から昨年(2015年)までの70年間、日本は幸運にも、戦争や紛争の当事国にならずに済み、自衛隊員が実戦で「敵」を殺したり「敵」に殺されたりする事態も起きませんでした。
 しかし、昨年9月に国会で採決された安保法制により、日本は「集団的自衛権」の名目で、第三国の行う戦争や紛争に、当事国として関与することが可能になりました。採決に際しては、「日本の安全に関わる場合で、なおかつ他に手段がない場合に限る」等の条件が付記されましたが、実質的には「自衛隊の海外での実戦参加」を可能とするドアの施錠が、カチャリと音を立てて解かれたことになります。
 日本国憲法の第九条には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」などの条文があります。もし仮に将来、自衛隊が「国際紛争を解決する手段」として、あるいは「国権の発動」として、政府の命令により日本以外の陸上や海、空で実戦に参加することになれば、この第九条の文言はただの空文と化してしまいます。
 こうした未来を望まない国民は、与党の強引な採決の手法や、国会での審議内容の不毛さ、憲法違反との学者の指摘を無視する態度、採決に伴う議事録の捏造などに抗議し、安保法制の廃案を要求したり、参議院での委員会採決自体が無効であるなどの主張を行っています。
 一方、安保法制に賛成する立場の国民は、自衛隊とアメリカ軍の連携をより緊密なものにすることで、日本を敵視する外国に対する「抑止力」が高まり、日本の安全は保たれるという、安倍晋三首相の国民向けの説明内容を大筋で支持する姿勢を示しています。
 安保法制に対する意見や立場の違いはあれど、今後も「平和な日本」であって欲しいと願う日本人は多いですが、どうすれば戦争を避けられるかという問題は、古来から「正解のない難問」であり、時代や地域を超えて通用する「唯一の答え」は見当たりません。
 隣接する国の片方が持つ軍事力の弱さが原因で戦争や紛争が起きた場合もあれば、逆に隣接する国同士が相手国に対する敵意と疑心暗鬼を募らせ、軍備増強をエスカレートした挙げ句に戦争や紛争が起きた場合もあります。将来の戦争を避けるために、何が最善策なのかは、後になって戦史や紛争史を分析すれば見えてくることもありますが、同時代に生きる人間がリアルタイムでそれを知ることはきわめて困難です。
 ただ、ある時代のある国の国民が、戦争を正当化するような価値判断や論理に身を委ねる態度をとれば、その国が戦争の当事者となる可能性は高まります。
 例えば「このまま何もしなければ、わが国は他国に大事なものを奪われる」、それゆえ「本意ではないが武力で立ち向かうしかない」といった論理は、戦争を正当化するためによく使われます。


「戦争を正当化する論理」が、社会に広がり始めていないか

 イギリスのアーサー・ポンソンビーという政治家は、1928年に刊行された著作『戦時の嘘』の中で、古今東西の権力者が新たな戦争を扇動したり、自国の行っている戦争を正当化する際に用いるプロパガンダ(政治宣伝)の手法を分析し、そこに共通する「論理」の構造を読み解いた上で、以下の10項目に整理しました。

 1. 「われわれは戦争をしたくない」
 2. 「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
 3. 「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
 4. 「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」
 5. 「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」
 6. 「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
 7. 「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」
 8. 「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」
 9. 「われわれの大義は神聖なものである」
 10. 「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」
  (アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ10の法則』永田千奈訳 草思社 2002年)

 現在の日本には、先の戦争を当時の日本政府の呼称に倣って「大東亜戦争」と呼び、あれは正しい戦争であって侵略ではない、と主張する人が少なからずいます。しかし、当時の東條英機内閣が国民向けの説明で繰り返した「戦争正当化の論理」を見ると、ほぼ完全に上の10項目と一致しているようです。
 こうした典型的な「戦争正当化の論理」は、既に始まった戦争だけでなく、将来に起こる戦争を呼び込む、あるいは戦争の炎となって燃え上がる前の「火種」を、国の指導者が意図的にくすぶらせる時にもよく用いられます。
 油断していると、新聞やテレビなどが日々報じるニュースによって、こうした「論理」が心の中に少しずつ入り込み、政治指導者が掲げる戦争肯定の論理に国民が何の疑問も抱かなくなるという、今までに数え切れないほど世界中で繰り返された事例が、現代の日本でも繰り返される可能性があります。
 メディアに流れる情報に、上の10項目と一致するようなものは無いか。もしあるとすれば、その数が以前より増えていないか。政治権力を握る指導者やその支持勢力が、批判する人間を威圧して黙らせるために、こうした論理を堂々と使い始めてはいないか。
 同時代の人間が「戦争に至る道」を避けるためには、こうした論理に目を光らせ、社会のささいな変化も常にチェックしておくことが必要になります。


戦争を受け入れる心理的な「敷居」が下がるとき

 また、戦前の日本国民が、当時どんな政治思想を(表向き)共有していたのかを調べると、戦争へと向かう心理的な「敷居」の高さ・低さも、同時代の人間が「戦争に至る道」をそれと気付かずに進むかどうかを分ける要素であったように思われます。
 戦前の日本国内で支配的だった政治思想は、日本は「世界にまったく類を見ない(万邦無比)素晴らしい国」だというもので、その根拠として語られたのが「万世一系(古来より途切れずに家系が連なる)の天皇」を戴く「国体(国柄や国の形態)」でした。
 天皇は「神の子孫」であるのと同時に「現人神(あらひとがみ=人間の形態をとって降臨した神という意味)」という、絶対的に神聖不可侵の存在とされ、当時の学者や評論家は、競い合うように「天皇を戴く日本という国がどれほど素晴らしいのか」や「日本人が他国の人間よりもどんなに優れているか」といった本を書きました。
 そして、当時の文部省もこのような思想を子供にも教えるため、1937年5月に『国体の本義』という教本を大量に発行して、全国の学校に配布しました。
 1935年頃から本格的に始まった、日本の「国体」を日本国民がこぞって自賛する思想運動は、国体を明徴(特徴を明らかにすること)するという目的から「国体明徴運動」と呼ばれ、政治家や軍人、一般国民の価値観を実質的に支配する形となりました。
 これらの思想運動の経過と背景については、スペースの関係上、ここで詳しく記述できませんが、拙著『戦前回帰 「大日本病」の再発』(学研、2015年)で、当時の文献を多数引用しながら解説していますので、興味のある方はそちらをご覧下さい。


際限のない「自国褒め」がもたらした「戦争への道」

 本心では、こうした風潮に疑問を抱いた国民も少なからず存在したのかもしれません。しかし、当時の日本では「国体」思想という政府の掲げる価値観に従わない人間は「不忠(天皇に忠実でない)」「不敬(天皇への敬意を欠く)」「非国民(日本国民として認められない)」などの罵声を浴びせられ、厳しい糾弾の標的となりました。
 そして、天皇や日本という国を美化・礼賛する思想が、日本国内で際限なくエスカレートした結果、その「絶対的に素晴らしい存在」を守るためなら、国民は喜んで犠牲になろう、という風潮が、社会の底流で石垣のように築かれていきました。
 何かを褒める、という行為は、一見すると何の問題もない「善良な行い」であるかに思えます。特に、国民が自分の国や自分の社会を褒めることで「自国への誇りや愛着」を強めるという行為は、国民として「自然で正しい行い」であると見なされていました。
 けれども、特定の政治的対象(国の最高指導者、正しいとされる考え方)の価値を「際限なく高める」心理に歯止めがかからなくなると、それ以外のもの、例えば国民の自由や権利、生活、そして命の価値は、相対的に「際限なく軽くなる」ことになります。
 国の頂点に戴く「絶対的に神聖な存在」や、その存在と国民の関係を絶対的な理想と見なす「国体」の思想が、当時の日本国民にとって「疑問を抱いてはならない絶対的真理」となった時、戦争へと向かう道の手前にあったはずの心理的な「敷居」は、実質的に取り払われました。


なぜ昭和の日本軍指導部は「特攻」や「玉砕」を命令できたのか

 太平洋戦争の最中、日本軍が「特攻」や「玉砕」という、現代の価値観で見ると非人道的な戦法を多用したことは、よく知られています。
 日本の一部では、今なおこれらの戦法を「軍人として立派な最期だった」と肯定する人もいますが、特攻も玉砕も、兵士の生還を完全に度外視したいう意味で、同時代の他国の軍隊とも、明治および大正時代の日本軍とも、大きく異なる戦法でした。
 ドイツ空軍は、第二次世界大戦の末期(1945年4月)にただ一度だけ、戦闘機を敵の爆撃機に体当たりさせる戦法を試みましたが、想定よりはるかに小さい効果しかないことがわかると、こうした戦法をすぐに停止しました。
 言い換えれば、ドイツ軍は「軍事的な合理性」で体当たりという戦法の是非を評価しましたが、当時の日本軍には事実上、そうした合理的な評価基準はありませんでした。むしろ、戦いの中で兵士が「お国のために散華(死ぬことを言い換えた言葉)する」ことが目的化したような精神的な価値判断に基づいて、特攻が繰り返されました。
 明治・大正の日本軍も、他国の軍隊と同様、自国の軍人の命を軽視せず、最初から生還の可能性がゼロであるような作戦は行いませんでした。
 日露戦争の陸上からの旅順攻撃では、大勢の日本兵が突撃の過程で戦死しましたが、正面突撃と並行して近代的な攻城戦の戦術(坑道攻撃)も用いられており、自軍の損害が増大することを司令部は苦慮していました。
 また、ロシア海軍の激しい砲撃の下で行われた、海上からの旅順港閉塞作戦は、広瀬武夫少佐が戦死したことで有名な戦いですが、作戦方針は昭和の特攻とは正反対の、全乗組員の生還を前提としたものであり、広瀬少佐が戦死した原因も、行方不明となった部下の水兵を捜して(助けて生き延びさせようとして)戦場からの離脱が遅れたことが原因でした。
 1945年の敗戦までの昭和前期も、明治および大正時代も、憲法は同じ「大日本帝国憲法」であり、憲法の内容の違いが、こうした人命の価値判断における差異の原因ではありませんでした。では、何がどう違っていたのか。


「お国のために」の精神が、逆に自国を滅ぼした皮肉

 先に述べたように、1930年代の「国体明徴運動」で天皇や「国体」が絶対不可侵の存在として神聖化されると、それを守るために「軍人(および国民)が死ぬ」ことは、否定的な結果ではなく、むしろ「立派な行い」として肯定されます。
 そして、戦死した軍人を崇高な「神」として祀る靖国神社の存在は、国に殉じるという行為そのものを顕彰する役割を果たし、他国の軍隊のように「大勢の自国軍人を死なせた指揮官が、無能力ゆえに罷免される」こともほとんどありませんでした。
 玉砕の場合、太平洋戦争の開戦前(1941年1月)に陸軍の訓示として下達された『戦陣訓』の存在が大きな意味を持っていました。その内容は、当時の「国体」思想の延長にあるもので、「生きて捕虜となることは屈辱であり、死ねば罪過の汚名を免れる」から、戦闘中に絶望的な状況に陥っても、国や家族の名誉を守るために降伏するなと命じていました。
 これらは「日本軍人」だけに限定した話ではなく、当時の一般国民も同様の価値判断を共有していました。「お国のために命を捧げる」という考え方は、当時の「国体」思想に沿ったものであり、本当にそれらの行動が日本という国のためになっているのか、むしろ逆に日本という国にダメージを与える結果になってはいないか、などの冷静な客観的視点は、当時の日本では書くことも口にすることも許されませんでした。


さいごに

 国のため、という言葉は、聞く者の心に「重し」のようにのしかかる言葉です。心の弱い人は、その重さを支えきれず、心をそこに押さえつけられてしまいます。
 けれども、後になって歴史を振り返れば、ある時代に国の政治指導者が「これをすることが国のためになるのだ」と国民に教えたことが、実際にはその逆、つまり国を滅ぼす道であった場合も少なくありません。
 そんな過去を再び繰り返さないためには、一人一人の国民が独立した「心」を強く持ちながら、政治指導者やその支持者が好んで口にする「国」とは何を指しているのか、本当に自分の国にとってプラスになることは何なのかを、個人として常に考え続ける必要があるように思います。


(初出・集英社ネット媒体『imidas』2016年2月)※一部加筆修正しました。

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